指揮者クラウディオ・アバドが、2014年1月20日、80歳で逝去されました。僕はアバドと同じ6月26日が誕生日で、勝手に親近感を抱いて、彼の活躍を願っていました。特にクラシックを聴き始めた頃は、アバドの指揮するシンフォニーによくお世話になりましたし、少し詳しくなってくると、とりあえずカラヤンを批判してみるように、ベルリン・フィル芸術監督のアバドを叩けば一丁前になったような気がしていましたし、そんな誰しも通るような(?)歪んだ道を抜けて、またアバドの音楽の良さをしみじみと味わえるようになり、今でも愛聴しているものは多くあります。


そんなアバドのラスト・コンサートとなった演奏会の録音がニューヨークのクラシック音楽ラジオ局WQXRで聴けます。こちらから、または画像から。

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【ルツェルン祝祭管弦楽団演奏会 ルツェルン音楽祭2013年8月23日】
指揮:クラウディオ・アバド
シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759「未完成」
ブルックナー:交響曲第9番 ニ短調 WAB109


ルツェルン音楽祭でアバドが指揮したこの2つの未完成交響曲は、奇しくも、中止になってしまった2013年10月の来日公演と同じプログラムでした。まあ、僕が取っていたチケットはルプーとのコンチェルトの方でしたが……。そう言えばカジモトのホームページでも、ルツェルンでこれらの曲をやってから、日本に持ってきますというようなことが書いてありましたね。そして、ギュンター・ヴァントの最後の来日と同じプログラムだということも。


英ガーディアン紙に記事を書くTom Seiviceのコーナー、“TOM SERVICE ON CLASSICAL BLOG”で、このときの演奏会の様子が取り上げられています。元の記事のページはこちらから。アバドは極限まで自分の動きを少なくし、奏者を信頼して指揮をするタイプの指揮者ですが、この演奏会のときはさらに極まっていたようです。直接何か表現や、楽曲のスピリチュアルな体験と関係のあるところ以外は、一切のボディーランゲージを省き、大きなリズムやパルスの動きではなく、美しい絹糸のような音楽のラインを奏者に描いていたんですね。まさしく“spiritual music-making”だったようです。なにより、この一文がぐさりと来ますね。“Abbado and his orchestra’s performance was complete in its intensity, but devastating in its essential incompleteness”なるほど。

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「最後の演奏会」という言葉には、音楽そのものを越えた付加価値やストーリーを含めてしまうような気がして、つい最近のゴースト事件で騒いでいた「音楽」と「ストーリー」の関係の議論を思い出してしまうのですが、どういう聴き方が自分にとって最適なのかは人それぞれですし、聴き方云々を越えた名演というものもあるでしょう。この演奏会で繰り広げられた音楽がそうした名演かどうか、ぜひご自身の耳で確かめていただきたいと思います。

ブルックナー : 交響曲 第1番 ハ短調 WAB101 (ウィーン稿1891) (Bruckner : Symphony No.1 ''Vienna'' version, 1891 / Claudio Abbado , Lucerne Festival Orchestra) [輸入盤] [日本語解説付] ブルックナー : 交響曲 第1番 ハ短調 WAB101 (ウィーン稿1891) (Bruckner : Symphony No.1 ”Vienna” version, 1891 / Claudio Abbado , Lucerne Festival Orchestra) [輸入盤] [日本語解説付]
ブルックナー,クラウディオ・アバド,ルツェルン祝祭管弦楽団accentus music / King International
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