「エニグマ」変奏曲(エルガー&ヴォーン=ウィリアムズ:管弦楽曲集) 「エニグマ」変奏曲(エルガー&ヴォーン=ウィリアムズ:管弦楽曲集)
バルビローリ(ジョン),エルガー,ヴォーン=ウィリアムズ,フィルハーモニア管弦楽団,シンフォニア・オブ・ロンドン

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エルガー エニグマ変奏曲 作品36


エニグマ(Enigma)とはギリシャ語で謎解き・謎なぞといった意味。正式にはこの曲は「独創主題による変奏曲」というのだが、出版に際しエニグマと付けられた。
管弦楽のための変奏曲だが、こういう形式の音楽は意外と少ない。以前このブログでも書いたが、有名なものとしてはブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」くらいなものだ。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」もあるが、あれは半分ピアノ協奏曲みたいなものだ。
ここでは“音楽はいかに生まれるか”と題したが、作曲家が音楽を生み出す過程というのは、多くの人にはまったく未知の領域だろう。
エルガーなどとはレベルが段違いだが、僕も作曲をする。よく人に「どうしてメロディーが作れるの?」と聞かれることもある。
僕は大体、今まで自分が聴いてきた音楽が基になって、自分の中に染み込んだものが形を変えて出て来るというのがほとんどだが、天才と呼ばれる部類の作曲家は、モーツァルトのごとく、天から降ってくるようにメロディーがふと湧き出てくるのだろう。
この曲に関しても、主題が生まれたのはエルガーの天性による。エルガーがタバコをふかしながら何気なくピアノを弾いたら、妻であるアリス夫人が気に入ったため、もう一度弾くように頼んだそうだ。
そして、エルガーは妻を喜ばせようと、その主題を色々にアレンジして、彼らの共通の友人たちの雰囲気を表現した。これがエニグマ変奏曲が生まれた瞬間である。ということで、管弦楽版のほかにピアノ版もある。
さて、エニグマとある通り、この曲にはエルガー曰く2つの謎が存在する。その謎はエルガーマニアでもないとわからない上に、もうほぼ解かれているため、謎解きを楽しむというのはちょっと厳しい。
1つ目は、「この変奏曲は、主題とは別の、作品中に現われない謎の主題も使われている」というエルガーの発言で、2つ目は各変奏に付けられた副題の示すものである。
1つ目の謎解きは、おそらく英国愛国歌「ルール・ブリタニア」の“never, never, never”の部分と主題のメロディーが一致しているということで、2つ目の謎解きは、先に言ったように、各変奏は友人たちの肖像を示しているということだ。
演奏時間は30分ほど。第9変奏「ニムロッド」は、その美しさからアンコールピースとしても名高い。


「作曲家はどうやって音楽を作っているのか」という、これもひとつの謎だが、それを身近な形で、かつ興味深く我々に提示してくれる音楽でもある。ひとつ明らかになったことは、天性が生むメロディーと、人物像・性格の表現という手法だ。
なんだか躊躇いがちにゆっくりとした動きを見せる主題は、一度聴いたら忘れないだろう。そして第1変奏は愛妻キャロライン・アリス・エルガー。この主題が巧みなテクスチャによって彩られ、情感豊かに繰り返される。
そこからは、彼の愛しき友人たちが表現される。友人たちの性格だけでなく、声や演奏する楽器、さらにはペットまで、実に面白い。ひとつひとつ解説を読みながら聴くことをオススメする。エルガーの描写の上手さがわかるだろう。
特に、その抜群の美しさを持つ第9変奏ニムロッド。ニムロッドとは、エルガーの親友アウグスト・イェーガーの愛称で、ベートーヴェンに関する議論をしながら、イェーガーがエルガーの音楽活動を激励した一夜を描いている。ベートーヴェンだから第9なのか、これは僕の推測でしかないが、芸術について親友と熱く語った夜というのは、かくも音楽に美を与えるのか。
そして最後の第14変奏はエルガー自身。いささか騒々しいが、それも終曲らしく、愛妻とニムロッドの面影も見える。まるでエルガーの音楽は彼らの支えによって成り立っているとでも言わんばかりだ。
こうして見ると、やはり音楽というのは、愛なしには生まれないのだろう。言い過ぎかもしれないが、“素晴らしい”音楽は、としておこうか。愛にしたって、様々な形があり、一見ないように見えて、実は見えないところに存在しているということもある。愛とは何かと言われると、わからないとしか言えないのだが。
主題が生まれたのは、エルガーの天性によるものかもしれないが、それがこうして後世に残るひとつの芸術作品となるには、妻への愛なくしてはありえなかっただろう。
また、エルガーの音楽を支えるもの、愛すべき友人たちであり、彼らとともに過ごした時間、一緒に演奏した音楽、ともに語らった音楽への愛。
そして、隠された主題――エルガーの愛国心もまた、この作品から感じられる英国らしさに、すべて詰まっていると言えるだろう。
天性、音楽的技法、それらを活かして本物の音楽を生むのは「愛」だということを、この曲を聴いて感じていただきたい。