ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」
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ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 作品31-2「テンペスト」


ベートーヴェンを弾くのには並大抵ならぬ精神力が必要ということを、僕はこの曲で体感して、それ以降ベートーヴェンを弾くのは疲れるから敬遠している。
なんだか情けないような話だが、あまり軽い気持ちでベートーヴェンに当たるのは申し訳ないように思うようになった。他の作曲家の曲でもそうかもしれないが、ベートーヴェンは他の作曲家と比べてもひときわそういう力を使わないと弾けない。魂を燃やして、命を削って、それでようやくベートーヴェンの音楽たりえるような気がするのだ。
事実この作品は、数あるベートーヴェンの他のピアノ・ソナタの中で、緊張感や切迫感が非常に高い作品と言える。
「テンペスト」が作曲されたのは1802年、この頃ベートーヴェンは、年々悪化する難聴への絶望感から、『ハイリゲンシュタットの遺書』を記し、自殺も考えた時代だ。
それでも彼は、遺書にもこの病を克服し芸術家としての運命を全うしたいと書かれているように、強靭な精神力でこの苦悩を乗り越え、新しい音楽を作り出して行ったのだ。
特に3楽章が有名なテンペストだが、この3楽章は後の第5交響曲へと繋がる実験的な試みでもある。同じ動機を繰り返し用いながら展開していく様子は確かに運命の第1楽章のようだ。
苦難を克服し、実験的な新しい芸術を切り開いていくベートーヴェンの音楽である。精神力が必要なのも当然だろう。


表題はもともと付いていたものではなく、ベートーヴェンの弟子アントン・シンドラーがこの曲の解釈について師に尋ねたところ、「シェイクスピアの『テンペスト』を読め」と言ったということに由来する。
日本語では“嵐”という意味のテンペスト、これはシェイクスピアのテンペストを表す標題音楽ではないにしろ、かなりドラマティックな音楽である。むしろハイドンの音楽にもあるが、「疾風怒濤の時代」に影響された音楽に近いとも言える。
冒頭はまさに嵐の前の静けさ。すぐに激しい嵐がやってくる。劇的と感じる由来は、緊張感のあるテンポの変化やレチタティーヴォ風の旋律が挿入されるところだろう。
このレチタティーヴォがまた美しい。劇的な1楽章は最も長い楽章だ。
2楽章の冒頭は1楽章の冒頭に酷似している。台風の目、ではないが、2楽章はテンポもぐっと落ちて、ゆっくりと美しい。
16分音符が流れるように続く3楽章は、美しくもありまた強くもある。流れるようにとは言ったが、決してそれはただ過ぎ去って行くのではなく、常に息が詰まるような感情があふれんばかりに運ばれてくるのだ。
劇的な感情の変化が転調によって引き起こされる。ト短調からイ短調、ニ短調、ハ短調、変ロ短調、変イ長調、再び変ロ短調、コーダに入ってト短調、イ短調を経由し、ニ短調に帰る。
これもまた実験的な精神の現れだろう。やはり疾風怒濤という言葉がふさわしい。
新しい芸術へのあくなき挑戦と、それを支える強靭な精神力。ベートーヴェンの霊魂に近づくには、こちらも相当の心の準備が求められるのだ。