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Emma Johnson

Universal Music LLC

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ポール・リード ヴィクトリアン・キッチンガーデン組曲


実に愛らしい、クラリネットとハープのためのデュオ。忙しい毎日を過ごしている方々は、ちょっと一息つく際に、ぜひこの曲を流して欲しい。
よくラジオでは流れているようで、NHK-BSの「クラシック・ロイヤルシート」やTOKYO FMの「SYMPHONIA」という番組で、組曲の中で最も有名な第5曲「夏」が使われているようだ。
もともとはBBCのテレビ番組“Victorian Kitchen Garden”のテーマ曲だそうで、ヴィクトリア朝の菜園を再現し、野菜を育て料理をするという番組だそうだ。そこで用いられたこのテーマ曲を手がけたのが、ポール・リード(1943-1997)という作曲家で、この曲でアイヴァー・ノヴェロ賞というイギリスの名誉ある音楽賞を授与されている。
リードという名前の作曲家は多いが、ポール・リードに関しては非常に情報が少ない。ランカシャー生まれの作曲家で、ロイヤル・アカデミーで学んだ後、ナショナル・オペラでコレペティトール(歌手たちにピアノ伴奏で稽古を付ける人)として働いていたそうだ。
テレビ番組のための音楽を精力的に作った人で、ヴィクトリアン・キッチンガーデンの他にも、子ども向け番組やアニメの音楽も担当した。
本番組では、エンマ・ジョンソンの柔らかなクラリネットの音色が抜群に美しく、スカイラ・カンガのハープ伴奏とあいまって、この曲の英国の雰囲気、庭園の雰囲気を醸し出している。
ピアノ伴奏の録音もいくつかあるし、人気の曲なのでたまにサロン等で演奏されるそうだが、エンマ・ジョンソンの音色とハープ伴奏はやはり格別だ。
オーケストラ版も存在し、原曲の雰囲気やハープを活かしつつ、エンマ・ジョンソンのクラリネットで、2015年に録音されている。これもまた素晴らしい。
ちなみに、番組のDVDも売っているので、一応紹介しておこう。

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最も有名なのが第5曲「夏」だが、僕は特に第1曲「前奏曲」もおすすめしたい。まさにキッチンガーデンの入り口、シューマンの「森の情景」が1曲目の入り口(Eintritt)でゆっくりと森の中へ誘い込まれるように、優しい変ロ長調の旋律が英国の庭園へと聴衆を誘う。B管クラリネットで奏でられる、リリカルでちょっと幻想的な雰囲気。
第2曲「春」では、あなたの眼前には蝶々が舞っていることだろう。いや、違う虫かも。虫嫌いな人はごめんなさい。妖精でも舞わせといてくださいね。
第3曲「霧」、いつも爽やかで晴れ晴れしていることはないし、むしろ雨の多い国だと思うのだが、朝靄のシーンを思わせるこの曲もまた組曲の中で良いアクセントである。実った野菜に露が付いているのを想像したい。作曲者いわく、この曲は「秋の名残惜しい感情」をもって演奏して欲しいそうだ。
第4曲「エキゾティカ」は、その名の通り、ペンタトニックで東洋風の響きだが、そういう色が濃い菜園もヴィクトリア朝にはあったのだろう。僕は自分の野菜への知識と想像力のなさが悲しくなるが、チンゲン菜とかでしょうか……あまり語らない方が良さそうだ。
そしてこの組曲の白眉は第5曲「夏」、聴いた者をすぐに虜にする魅力があるからこそ、短い時間の枠のラジオ放送でよく用いられるのだろう。変ホ長調で第1曲との調和もバッチリ。ようは季節であり、循環である。様々な菜園の場面を描いた曲たちが調和した結末を得るということは、ひとつの輪の中にあるということだろう。菜園とは、ヴィクトリアン・キッチンガーデンとはそういうものなのではないだろうか。
庭いじりなど全く縁のない僕がこんなことを言うのもおかしい話だが、この曲が珠玉の名曲であることは確かだ。10分もない短くて平易な曲だが、この曲の持つ世界観は広く深い。